
こんにちは。
神奈川県横浜市を拠点に交通誘導・イベント警備・施設警備を行っております、株式会社イージス代表の吉岡忠です。
先日、はじめて広島平和記念公園の原爆ドームを見学してきました。
教科書などで写真は見た事がありますが、一度は訪れてみたかった場所です。

1945年8月6日の朝、この原爆ドームの直上約600メートルの場所で爆発し、20万人もの方々の命が失われました。

※画像はwikipediaより
所謂【戦争】というものには【国際法】という法律が適用されます。
そうでなければ最強の武力を持つ国が他の全てを植民地化するという、一国支配の世の中になってしまいます。
戦時国際法では軍人以外の一般市民、軍事施設以外の建物への攻撃は法律違反となっており、つまり原爆投下は犯罪です。

一瞬にして一つの街を消し飛ばしてしまう兵器を人間の頭上で炸裂させるなど、普通の神経の持ち主ならば考えられません。
広島平和記念公園の資料館には1944年9月に米国のルーズベルト大統領と英国のチャーチル大統領が原爆使用について会談した内容が記された『ハイドパーク覚書』が展示されております。
爆弾が最終的に使用可能になった時には、熟慮の後にだが、多分日本人に対して使用していいだろう。なお、日本人には、この爆撃は降伏するまで繰り返し行われる旨、警告しなければならない
日本人になら使用していい。
降伏するまで爆撃を繰り返す。
生意気な日本民族はこの地球から消滅してもかまわない、という事です。
彼らの根本に我々有色人種への強烈な差別意識があるからこそ、このような非人道的行為を行う事ができたのです。

広島から3日後。
長崎にも原爆が投下され、9万人もの同胞が亡くなりました。
同日、ソ連が日ソ中立条約を破り対日参戦をしてき為、日本はポツダム宣言を受諾し、降伏をします。
その後開かれた極東国際軍事裁判(通称 東京裁判)では、我々の為に戦ってくれた多くの同胞が戦争犯罪人として処刑された事はご存知のとおりです。
捌かれるべきは国際法を無視し、多くの一般市民を虐殺した米国なのではないでしょうか?
なぜ、アジア諸国を植民地化していた欧米列強を追い出し、それぞれの国の自立を助けた日本人が処刑されなければならなかったのでしょうか?
なぜ、それを”侵略”と事実とは真逆のレッテル貼りをされ、現在に至るまで謝罪し続けなければならないのでしょうか?
蝉の鳴き声が街中にこだまし、今年ももうすぐあの日がきます。
戦後80年。
我々はあの大戦をきちんと検証し、そろそろ自虐史観を払拭しなければなりません。



