こんにちは!
神奈川県横浜市神奈川区を拠点に交通誘導警備・イベント警備を行っております、株式会社イージス代表の吉岡忠です。
お釈迦さんは言いました。
人生は『苦』である
と。
過激。
お釈迦さん、過激(笑)
でも、お釈迦さんは人々に幸せな生き方をして欲しいと願い、本当のことを言っていただけなんです。
諸法無我。
= この世に存在する全てのものは、それ単体では成立しえないという真理です。
私たちも、私たちの思考も、何らかの因縁があって生まれ(続け)ているものです。
私たちがいま、生きているのも空気や水や食べ物、そして両親や師、家族や友人など周囲の存在の温かい心があるからこそなんです。
はいはい。
それでは時間を遡って行きましょうか。
両親。
両親の両親。
両親の両親の両親。
両親の両親の両親の両親。
両親の両親の両親の両親の両親。
両親の両親の両親の両親の両親のry・・・もういいですか?笑
私たちの先祖をずーっと辿ってったらアメーバまで辿り着いちゃうのですが。
もし最初に、アメーバさんがヤル気無くして
「働いたら負けだと思ってる」
ってなってたら我々も居ないんです(アメーバさん有り難う)。
もし途中でじっちゃんが
「働いたら負けだと思うとる」
ってなってたら我々も居ないんです(じっちゃん有り難う)。
と、いう事は"いま"というのは先祖が命のリレーという『縁』を繋いで来たからこそ『在る』ものなんですよね。
これってすごくないですか?
究極、
究極ですよ?
"いま"、"ここ"という場の構成要素の中に、アメーバさんも居るって事なんですよ解りますかね飛躍しすぎですかね?笑
アメーバさんがヤル気出してくれたからこそ『いま』が在るのです。私たちが居るのです。
はいはい。
では今度は時間を進めて行きましょう。
子供。
子供の子供。
子供の子供の子供。
子供の子供の子供の子供。
子供の子供の子供の子供の子供。
子供の子供の子供の子供の子供のk・・・もういいよ!!
あ、ごめんなさい(笑)
ずーっと手繰ってったら・・・どんな存在になってるのか解りませんが。
しかし言えるのは、いま、私たちがヤル気を出さなければ未来の存在も消えてしまうという事です(戦争が如何に愚かしい行為かというのが解ると思います)。
"いま" "ここ"の中に過去も未来も同時に存在していて、『過去』も『現在』も『未来』も、全てそれ単体では存在しえないという事です。
これが諸法無我という真理です。
すべてが縁によって成立している。
個が個として存在出来るのは集団との関係性(縁起)があるから。
だから『私』というものは幻想なんです。
その理(ことわり)を知り、『私』(煩悩)から離れ、周囲に感謝と恩で報いる事こそが人間の行いうる最上の行為であり、幸福を得る為の道である、とお釈迦さんは説いたのです。
しかしどうでしょう。
いまは『私』というものが逆に強すぎるのではないでしょうか。
『私』が強すぎるから、幻想にすぎない『私』に執着するから、きっといつまでも戦争が無くならない。差別が無くならない。
お釈迦さんはそれを『無明』と言いました。
令和の時代。
いい加減、我々は無明の世界から抜け出したいものです。